ホーム エッジ コンピューティング エッジAI―熟練技術者の判断・経験を残すためのキーテクノロジー

エッジコンピューティングの大きな目的のひとつに「エッジAI」があります。エッジAIはIoTの実現において大変重要なキーテクノロジーのひとつで、普及が拡大しています。ここでは、エッジAIとは何か、クラウドAIとは何が違うのか、エッジAIが注目される理由、さらにエッジAIの具体的な事例をいくつか紹介します。

エッジAIとは何か

エッジAIとは、エッジサーバーに人工知能を搭載し、エッジ環境でAI処理を実行するシステムです。エッジコンピューティングのメリットである処理スピードと、人工知能のメリットを両立することのできる技術といえます。
人工知能の種類は多様で、古くからあるエキスパートシステムや機械学習のほか、自然言語処理、ロボティクスなどがあります。そのなかで、エッジAIに活用されるものも含め、近年大部分を占めているのは、ニューラルネットワークを利用した、14層~20層程度の深層学習(ディープラーニング)です。

エッジ AIとクラウドAIの違い

エッジAIに近いものとして、クラウドAIがあります。エッジAIがエッジサーバーでAI処理をするのに対し、クラウドAIはクラウドサーバーにAIを載せ、クラウドにデータを送信したあとにAI処理を行う手法です。

エッジAIのメリットはレスポンスの速さ

クラウドAIは、データが発生するエッジ環境とクラウドサーバーとの間でネットワークを介して常時通信が行われることになり、レスポンスが遅くなるという問題があります。
これに対して、エッジサーバーにAIを載せると、エッジサーバー内だけでAI処理が完結し、クラウドサーバーには分析結果や予知結果だけを送ればよいことになります。このため、処理のたびに通信する必要があるクラウドAIに比べレスポンスが速いというメリットがあるのです。

クラウドAIのメリットは扱える情報量の多さ

エッジサーバーのリソースは限られており、エッジAIの人工知能の大きさ(ニューラルネットワークの規模)には限界があることには注意が必要です。
これに対して、クラウドAIは、最初からAIに必要な学習モデルやデータベースなどを備えた状態で提供されているため、学習作業がしやすいといったメリットがあります。新たな事象が発生した場合にクラウド上に蓄積された大量データを学習して得られる豊富な知識量と、膨大な情報を扱える処理能力の高さも大きなメリットです。

エッジAIとクラウドAIの特徴を理解したうえでの併用がおすすめ

以上のことから、理想的にはエッジAIとクラウドAIの両方を用意しておき、クラウドAIで学習を行い、学習結果をエッジAIに送るという方式が最良のシステム構成といえるでしょう。具体的には、まずクラウドAIが膨大な情報を用いて学習を行います。ある程度学習が進んだ段階で、エッジAIに学習結果を送り、データを得たエッジAIが実際の処理を行うという構成です。その後、エッジAIが不良と判断した分析結果をクラウドAIに送り、これを用いてクラウドAIで再学習を行い、学習結果をエッジAIに戻します。この一連のプロセスを繰り返すことで、製品を検査すればするほど不良品の検出率を向上させていくことが可能になります。

エッジ AIが注目される理由

エッジAIが注目されている主な理由として挙げられるのは次の2点です。

リアルタイム性の向上

エッジAIを導入すると、「現場で発見・現場で分析」が高速でできるようになります。つまり、異常発生・検出・分析・通知がクラウドAIに比べて遅延なく高速に行えるのです。これが、エッジAIが注目される最大の理由です。リアルタイムの分析能力は、自動車(自動運転)や生産システムなどの、ミリ秒単位での処理が必要な分野では特に有効な技術となります。

IoT技術の進化と普及

IoT技術が急速に普及したことで、大企業だけではなく、中小企業でも導入がしやすくなっていることもエッジAIが注目される理由のひとつです。
総務省が毎年発表している「情報通信白書」の令和3年版では、世界のIoTデバイスの数は年々増加しており、2020年の253億台から、2023年には340.9億台に増加すると予測されています。特に「医療」「コンシューマー」「産業用途」「自動車・宇宙航空」分野で高成長が見込まれています。

また、日本に限定しても、IoT市場におけるユーザー支出額は大幅に増加しています。IDC Japanの「国内IoT市場産業別予測2021年~2026年」では、2026年に9兆1181億円に達するとしています。2021年からの年間平均成長率も9.1%の伸びになっていることから、今後、中小企業でもIoTの導入が進んでいくと考えられるでしょう。

エッジ AIのメリット

人工知能のメリットは、学習すれば定型化できない作業を自動的に行うことが可能な点です。つまり、通常のコンピューター(ノイマン型コンピュータ)ではなしえなかった処理が可能になります。定型化できない作業は、まさに今まで人間が行っていた作業の特徴であり、人工知能を載せたエッジAIによって次のようなことが実現します。

熟練技術者不足が解消する

非定型作業を人工知能にさせることで、熟練技術者の不足を補うことが可能です。見方を変えれば、熟練技術者の判断や経験を人工知能に移すともいえるでしょう。具体的には、設備の故障や、部品交換の時期を予測する「予知保全」や製品を検査する「画像処理」などを、エッジAIで行うことが可能です。
また、自動運転分野では経験豊かなドライバーの判断・経験を、生産システム分野では熟練技術者の判断・経験をエッジAIに移すことも可能です。ほかにも、生産設備などに不具合が発生し、緊急停止を行うといった場合に、処理速度の点でエッジAIが有利でしょう。どちらの分野も熟練者が不足しており、エッジAIは問題解決に有効な手段と見られています。
熟練技術者は多くの経験を積み重ねて「学習」し、製品の良・不良、部品の交換時期などを経験に裏打ちされた勘によって判断してきました。それらの経験や判断の作業を人工知能に移すことによって、検査や保守の品質を下げることなく省力化を図ることが、スマートファクトリーやIoTの最終的な目的のひとつであるともいえるでしょう。

レスポンスが向上する

エッジAIは、デバイス側で処理を行うため、リアルタイム処理が可能です。その結果、レスポンスが向上します。

ネットワーク負荷が軽減される

エッジAIはデータの収集だけではなく、データ処理もエッジ側で実行されるため、すべてのデータをクラウドに送信する必要がありません。そのため、データ送受信によるネットワークの負荷が軽減します。

通信コストが削減される

デバイス側で処理を行えるメリットは、ネットワーク負荷の軽減だけではありません。必要なデータのみをクラウドへ送ることで、通信コストの削減も可能です。

セキュリティリスクが軽減される

データをクラウドに送信する際に、ハッキングやコンピューターウイルス感染などで情報漏えいしてしまうリスクが軽減されます。エッジAIでは、ほとんどのデータをローカル環境で処理するため、情報の漏えいや搾取といったセキュリティリスクの軽減が可能です。

通信環境にしばられず利用が可能になる

エッジAIは、基本的にインターネットに接続せずにデータ処理を行うことから、オフライン環境でも使用が可能です。そのため、工場や倉庫など通信環境の悪い場所でも、遅延や切断などによる影響を受けず快適に使用できます。

エッジAIのデメリット

さまざまなメリットを得られるエッジAIですが、デメリットも存在します。具体的には次のとおりです。

処理能力に制限がある

エッジAIは、デバイス側ですべての処理を行うため、処理能力がそれほど大きくありません。そのため、大規模なシステムよりは小規模システムで高い効果を発揮します。

メンテナンスの手間とコストがかかる

エッジAIのデバイスは、設備や機器の近くに設置し、それぞれのデータを収集します。そのため、デバイス、コンピューター、通信ネットワークをすべて自社で管理しなくてはならず、メンテナンスの手間やコストがかかります。

運用にはAIの専門的な知識が必要

エッジAIは個々のデバイスにAIを載せているため、限られたリソースのなかでの管理や最適化が必須です。また、オフラインでの使用時にも正確な処理を行えるよう、アルゴリズムの最適化が求められます。そのため、クラウドAI以上にAIに関する専門的な知識が必要です。

エッジAIの活用事例

具体的なエッジAIの活用事例や、実際にエッジAIの活用により成果を上げている事例を紹介します。

品質検査での活用事例

今までの人による検査では「製品を目視」→「目視した画像を判断」→「良否判定」の手順を踏むことが一般的でした。このうち、「目視した画像を判断」→「良否判定」の部分で、熟練技術者は「脳」を使って判断しています。一方、近年の自動検査技術を用いた品質検査では、「製品をカメラで撮影」→「撮影した画像を判断」→「良否判定」の手順を踏みます。ここで、「撮影した画像を判断」→「良否判定」の部分で、熟練技術者の「脳」の代わりに人工知能を使うことが考えられるのです。
人工知能をクラウドサーバーに載せるかエッジサーバーに載せるかの判断は、検査に処理速度が要求されるかによって判断すればよいでしょう。たとえば、大量生産で一つひとつの製品に品質検査の時間がかけられない場合には、エッジAIが向いているでしょう。逆に、品質検査に時間がかけられる場合で、単に省力化をしたいだけならば、エッジAIではなくクラウドAIで十分でしょう。

故障予知での活用事例

故障予知(予知保全)についての活用事例を見てみましょう。ここで熟練技術者は、「装置の音や、振動を感じる」→「それらの変化に気づく」→「前回の故障からの時間を考慮」→「判断」という流れで故障の予兆を推測していると考えられます。したがって、装置に設置したセンサーで音や振動の変化を捉え、タイマーなどから時間を測定し、総合的な判断を人工知能で行えば、理論上は人工知能への代替が可能です。(現実には「学習」の問題や、いろいろと細かい問題がでてきます。これらの問題を解決することも生産技術部門の腕の見せ所といえるでしょう。)
このような場合、故障を予測してから警報を出すまでの時間もできるだけ早いほうが、その後の対応計画(これを「保全計画」といいます)を立てやすくなります。そこで、スピードの点で有利なエッジAIを導入して、保全計画を立てるための時間を稼ぐこともできるでしょう。
なお、人工知能の導入には「学習」が必要ですが、この「学習」は熟練技術者の経験が必要になる場合が多いです。したがって、定年間際の現場の熟練技術者の最後の仕事が、自らの経験を人工知能に託すための作業となることが今後は増えるかもしれません。

不良品検知での活用事例

最後に不良品検知での活用事例を紹介します。ある製造業者(以下同社)では、月当たり50万個の製品を目視で検査していました。同社が扱う製品には厳しい品質基準が設けられているため、顕微鏡を使った検査で、6名が10日間もかけて行う必要があります。検査員がわずか18名しかいないこともあり、毎月の検査業務は同社の大きな負担となっていました。
そこで、業務効率化や従業員の負担軽減を目的として、製品をベルトコンベアにつながる整列機にAIを投入し、不良品検査を実施しました。その結果、検査員が目視で検査する製品数の95%減(月50万個から2万個)、検査に要する総時間の約40%減(171時間/月)を達成しました。これにより、検査員のストレス軽減に加え、空いた時間で生産性向上への改善作業に集中できる環境も実現しています。

⇒人工知能(AI)による製造業の課題解決について、こちらの記事もご参照ください。
製造業とAI~製造業が抱える課題と人工知能による解決 | Stratus Blog

エッジAIは、技術者不足に対応する有効な手段のひとつ

以上、エッジAIの概略について述べました。エッジAIは人工知能のメリットをできるだけ高速に実現するために考えられた技術といえます。昔ながらの生産ラインでは、必ず生産技術者が生産ラインについており、経験や勘に基づいてラインを維持していました。これらの生産技術者が不足している現在では、判断や経験を人工知能にうまく移すことができれば、エッジAIは人手不足問題への有効な解答のひとつになりえるのです。

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